抗がん剤による脱毛の副作用は、女性はもちろんのこと誰にとっても辛いものです。治療が終われば髪は自然に生えてくるといいます。しかし、一般的にあまり知られてはいませんが、治療後に薄毛や白髪になったり髪質が治療前とは変わってしまったりして悩む人も少なくはなく、全ての人が完全に元通りになるわけではないようです*¹。
そのような事態をできるだけ避けたかった私は、あることを徹底的に実行しました。その結果、最終の抗がん剤投与から2~3ヶ月後には、真っ直ぐな髪がまんべんなく元気に生えてきました。治療経験者の目線からご紹介します。
治療中は意外に役に立たなかったウィッグ
抗がん剤治療による脱毛の副作用をカバーするアイテムのひとつにウィッグがあります。ウィッグには、一般向けのファッションウィッグのほかに、その何十倍もの高価格で販売されている医療用ウィッグがあります。結論から言ってしまうと、私が治療中に役に立ったものは高価格なウィッグではありませんでした。がん治療にはお金がかかります。賢いがん患者のみなさんは高価格なウィッグなどにかける無駄なお金は節約して、質のよいがん治療にお金を払いましょう。効果のある治療を受けて元気になれば、髪型だってファッションだっていくらでも楽しめるのですから。
まず、なぜ私が高価格なウィッグが抗がん剤治療中に役に立たないと思ったのか、私の経験談を少しご紹介しましょう。そもそもウィッグというアイテム自体が、私にとっては役に立ちませんでした。というのも、治療中は通常とは感覚が違うからです。
治療中の苦労
汗を異常にかくようになる
治療の副作用のホットフラッシュもその一因なのでしょうが、髪がほとんどなくなると髪があったとき以上に汗をかきます。常に脂汗のようなものをかいているようです。顔や首から吹き出る汗にまとわりつくウィッグの毛は、不快でたまらずに被る気にもなりませんでした。顔や首から吹き出る汗にまとわりつくウィッグの毛は、不快でたまらずに被る気にもなりませんでした。ウィッグの下には吸湿性があって肌にやさしい素材のインナーキャップをかぶった方が快適ですし、頭皮の清潔を保ちやすく、ウィッグも痛みにくくなります。その場合、ウィッグの地肌部分の肌触りや素材にこだわる意味は、ほとんどないことに気づきます。
外出時のストレス
髪がない期間中の毎日が風もない穏やかな日々であるとも限りません。少しでも自毛が残っていれば、ヘアクリップのようなものを利用して、風が吹いてもウィッグが落ちないようにする術があります。しかし、乳がんの初期治療で使用する抗がん剤は、強い脱毛作用のあるものが多く、ほとんどの髪が抜けてつるつるになります。インナーキャップにウィッグを引っかけたとしても、インナーキャップごとずるりと脱げてしまえば意味がありません。私も、いくつかのインナーキャップを買って試してみましたが、自分の頭のサイズにぴったりで、肌に優しくて、ウィッグからはみ出ないものがみつかりませんでした。ずれていないか、不自然に見えていないか、私は外出している間中気になってしまい、結構ストレスに感じました。
要は髪がちゃんと生えてくれさえすればよいのだ
最も重要なのは、治療が終わった後で、きれいに髪が生え揃うかどうかというポイントです。それが治療中だけの一時的な脱毛ということになれば、その期間だけもつウィッグや帽子でよいのですから、そこにコストをかけるのはもったいないと思いませんか? 治療中だからといって医療用ウィッグでなければいけないわけでもありません。また、価格が高ければ品質のよい高級品であるというわけでもありません。高価格で販売している医療用ウィッグであっても、人件費の安い国で低コストで作っていたりします。なかには、メンテナンスのためのグッズなどを高い価格で販売していたり、不要なサービスをつけてウィッグの高価格を正当化しようとしているところもあります。
医療用ウィッグは健康な人の価値観と視点に基づいて造り出されたもの
低価格なウィッグの場合、つむじが不自然に見えるものがあったり、人形の髪のような質感であったり、洗うときに毛が抜けやすいのではという懸念があるかもしれません。しかし、高価格の医療用だからといって、そのようなことがないわけではありません。医療用ウィッグは8~30万円程度の価格ですから、仮に1万円のウィッグを購入して1年で消耗したとしても、1万円のものを再度新たに買ったほうが断然コストがかかりません。
医療用ウィッグに使用されている人工皮膚は、つむじの見た目を多少自然に見せたりする効果はあったとしても、自分自身の肌という感覚にはならないので、どうしても異物を頭にかぶっている感があります。そもそも、なぜ見た目の自然さを求める必要があるのでしょうか。私も治療前は脱毛するのが嫌でたまらず、ウィッグの見た目の自然さにある程度こだわっていました。しかし、ほとんどの髪が抜けてしまい、それ以外の深刻な副作用に苦しむ毎日が数ヶ月も過ぎてゆくと、帽子などなにかをかぶって守れてさえいればよいぐらいの感覚になりました。今となっては、ウィッグを買う必要さえなかったかもしれないと思うほどです。
病院の乳腺科に通院していると、待合室で待つ患者たちの髪の毛がウィッグかどうか、すぐに見分けられるようになりました。所詮人工物ですから、どんなにお金をかけても人間の身体の一部とはなりません。つむじの見た目の方は、その上に帽子も被ったりして工夫している人も多いです。実際に治療を受けてみて実感しましたが、治療中ではない人たちを含めても、他人の髪のことまでいちいち気にして生活している人などそれほどいません。一番気にしているのは、案外自分自身だったりします。周囲の理解を得られることで、治療中の無駄なコストやストレスを軽減できることも多いのです。
治療後に髪が元気に生えてくるために
私が抗がん剤治療中に行ったことで、よかったことと必要なかったことをご紹介します。
脱毛前の準備
ショートヘアにする
脱毛が始まると何万本もの髪の毛が1~2週間の間に一気に抜けてしまいます。髪が長いと抜け毛の後片付けの量が多くて大変ですし、抜け落ちるときに絡まりやすくなるかもしれません。脱毛はまだらに進行します。中途半端に長い髪が残されていると、洗髪後や汗をかいたときに、頭皮に貼り付いてバーコードのようになります。5センチ程度のショートヘアにしておくと脱毛後も扱いやすいでしょう。抜け落ちたときの心理的ダメージを少しでも軽減させるために、事前に剃って坊主になってしまう人もいるようですが、そうすると毛根部分だけになった抜け毛が砂のように散らばってしまって掃除がかえって大変になると思います。
帽子を購入する
帽子は目的別に何種類か、事前に買っておくと大活躍します。
外出用帽子
つば付きの帽子は、その下にスカーフ・バンダナやニットの帽子をかぶっておけば、風で不意に脱げてしまっても安心ですし、つばによって髪がないのがわかりにくくなるので便利なアイテムです。髪の有無や、下にインナーキャップやバンダナなどをかぶるときとかぶらないときとで、サイズが変動するので、頭囲が調節できる帽子が便利です。小さめのつばの帽子をひとつ持っていると、外出時の室内でもかぶっていられるシチュエーションが多いのでおすすめです。ウィッグの上に帽子をかぶるひともいます。確かに帽子をかぶれば、ウィッグのつむじが多少不自然であっても隠せますし、ウィッグをかぶらずにサイドとバックのみの付け毛アイテムと組み合わせれば夏も涼しく過ごせそうです。ベレー帽のようなタイプの帽子があると、治療後の髪の生え始めのベリーショートヘアの段階で、早めに自毛デビューできるので活用度は高いでしょう。医療用として販売されている帽子を購入する必要はありません。一般向けのもののほうがデザインがお洒落なものが多いです。
室内用帽子
ニットの帽子は必須アイテムです。素材は綿100%のものを購入するとよいと思います。必ずしも医療用ではなくても、肌に優しくて洗濯が楽という条件が揃っていれば問題ありません。治療中は頭に汗をたくさんかきます。綿素材であっても、スウェット素材の医療用帽子は、生地や縫い目のある部分が厚く、夏は暑くてのぼせてしまう上に洗濯するとなかなか乾かないというデメリットがあり、使用頻度は少なかったです。治療中は薬の副作用で肌のトラブルが増えますから、帽子も下着と同様に毎日清潔なものを身につけたほうがよいです。そのためにも、洗濯が楽なものを選ぶとよいでしょう。
スカーフ・バンダナ
快適度が一番高いアイテムです。綿100%のハンカチは汗をよく吸収して夏も涼しく快適な上に、洗濯も楽なので最も活躍しました。ニットの帽子の下にかぶったり、ダークカラーのものはウィッグのインナーキャップの代わりにもなります。自分の頭にフィットしてウィッグからはみ出ないインナーキャップはなかなかありませんでしたが、ハンカチであればピッタリのサイズに調整できて、快適で便利でした。インナーキャップは試着などができないことが多く、その場合は買って試すしかありません。1枚数千円であったとしても、いくつも買って試していると、結局無駄な買い物にお金を費やすことになります。
事前にウィッグは購入しない
ウィッグは事前に購入を勧められることが多いですが、私の経験では、脱毛が始まって一段落つくまではウィッグは購入しない方がよいと思います。髪が抜けると、頭のサイズが小さくなるので、髪のある状態で購入したウィッグは緩くなります。髪がある状態とない状態では、かぶった感覚が大分違います。無駄な買い物をしないためにも、髪がない状態で快適なウィッグかどうかを判断して購入することが重要です。
私が事前購入を勧められた理由としては、脱毛してからでは心理的余裕がないというものや、治療中は体調が悪くてゆっくりウィッグを選ぶ余裕がないというものなどありました。体調の波といっても、点滴で投与した抗がん剤の辛い副作用は10日~2週間程度(使用する薬剤や個人の体質によって違う)で山場を過ぎます。クールごとに似たような波長を描くため、回数を重ねるごとに比較的行動できそうな時期とできなそうな時期の予測がつくようになってきますから、それをもとにスケジュールを立てればよいのです。それに、人間というのは同じような状況が続くと、慣れる生き物です。ひとつの心理的ショックが、永遠に続く人はいません。抗がん剤治療の副作用には数え切れないほどの種類があり、壮絶なものばかりです。髪がないのは悲しいけれど、痛みもなくて一時的なものなのですから、ウィッグにコストをかけることになど価値を感じなくなってゆきます。しばらくは帽子でしのぎつつ、髪がない感覚に慣れて冷静な判断ができる状態になってから、必要最小限のものを買いに行ったほうがよいと思います。
ヘアキャップは必要なし
不織布でできた脱毛時用のヘアキャップは、必須アイテムではありません。というのも、抜け毛はヘアキャップをかぶっている間はあまり落ちずに、脱いで洗髪している時に、ごっそりと抜け落ちるからです。ヘアキャップをかぶっている間も、その中に抜け毛が溜まるわけでもなく、通常の抜け毛程度の本数が内側から不織布の素材に刺さって外に出てきているだけでした。就寝時も通常時とほとんど変わりませんでした。ですから、スカーフやバンダナなどを頭に巻いて、摩擦や紫外線から頭部をガードすればそれで十分です。
脱毛中
脱毛中に私が徹底して行ったのは、以下の5点のみです。
- 頭皮を常に清潔に保つこと
- 頭皮の保湿をしっかり行うこと
- 紫外線を浴びないこと
- 頭皮のマッサージは行わないこと
- 必要な栄養を食事でしっかりと摂ること
抗がん剤治療後に元気な髪が生え揃うようにするためには、まずは、抗がん剤による脱毛はなぜ起きるのかということと、髪質が変わってしまったり生えてこなかったりするリスクのメカニズムを、理解する必要があります。
抗がん剤治療は、細胞分裂が活発な細胞ほど攻撃する抗がん剤の性質を利用する治療法です。がん細胞は多くの正常な細胞よりも活発なので、抗がん剤の攻撃を受けやすくなりますが、正常な細胞であっても活発な細胞はその攻撃を受けることになります。これが副作用としてあらわれてくるわけです。毛根にある毛母細胞は活発に働いて髪を造り出しているため、抗がん剤の攻撃を受けて脱毛が起きます。頭皮のマッサージを治療中は行わないほうがよいのは、血行がよくなって細胞が活発になるというのがその論理のようです。
治療が終わって髪が生えてきたときに、それが白髪であったりカールした毛が生えてきたりすることがあります。頭のサイドの髪は生えるのに、トップの髪はなかなか生えてこなくて薄いという人もいるようです。抗がん剤治療中に頭皮の毛穴の老化が進んでしまうと、毛穴に歪みができて生えてくる髪が曲がってしまったり、メラノサイトがダメージを受けて白髪になったり、髪を造り出せない毛穴になってしまったりするのが、その原因のようです。
肌を守るために、一番の方法は保湿です。肌の油分と水分が十分であれば、肌のキメが揃い、有害なものが入る隙間がなくなります。専門の医師の話によると、抗がん剤治療中の肌トラブルは、50%ほどの人で起きますが、アレルギーによるものはその内の20~30%程度なのだそうです。治療中、私は、肌を清潔に保つことと保湿を徹底して、普段顔に行っているスキンケアの方法で頭皮もケアしていました。頭皮ケアといっても、特別なものは必要ありません。自分の肌に合った石けん類と、使い慣れた基礎化粧品があればそれで十分です。それから、いうまでもなく、紫外線は肌の大敵です。肌の老化を防ぐには、紫外線を受けないことが大切です。帽子や日傘などを使って、頭皮の紫外線対策もしっかり行いましょう。
亜鉛などのミネラルは、ダメージを受けた肌の修復に役立ちます。ビタミンとタンパク質も大切ですから、可能な限り栄養バランスに気をつけて、食事から栄養を摂るようにしましょう。私は治療中には魚貝類(火を通したもの)をよく食べるようにしたり、紅茶や緑茶をよく飲んだり、味覚障害や食欲不振で食事が摂りにくいときには、ビタミンとミネラルが入ったゼリー飲料を口にするようにしました。
治療後
“発毛剤や育毛剤を使いたいという人もいますが、2020年2月現在、脱毛の予防や期待するような再発毛を促す効果が十分に確認された製品は今のところありません。”
(国立がん研究センターがん情報サービス*²より)
治療による脱毛だからといって、がん患者をターゲットにして高価格で販売されている商品であったとしても、効果があるわけではありません。
引用・参考文献
*¹ 『FEC→DTXによる乳癌補助化学療法を受けた患者は治療終了後2年以上経過しても7割以上が毛髪減少に悩む【乳癌学会2013】』(日経メディカル)https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/gakkai/sp/jbcs2013/201306/531390.html
*² 効果のある発毛剤や育毛剤はない(引用元)国立がん研究センターがん情報サービス