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乳がんの入院と通院治療にかかる費用は一体いくらなのか?

乳がんの入院と通院治療にかかる費用は一体いくらなのか?

 一般的にがんの治療にはお金がかかりますが、乳がんの治療も例外ではありません。初期治療1年目の通院と入院治療にかかる費用の自己負担分の目安としては50~100万円程度とも言われています。しかし、実際に乳がんに罹患した私が治療を進めてゆくと、意外な事実が明らかになってきました。

Photo by John-Mark Smith on Unsplash

乳がんの治療費は意外とかからない?

 日本の健康保険は国民皆保険制度です。つまり、全ての国民がいずれかの公的医療保険に加入することになっています。このことにより、国民それぞれの収入によって決定された月々の保険料のほかに、実際にかかった医療費の一部(原則3割)の自己負担分の支払いで治療を受けることができます。当たり前のことと思っている人もいるかもしれませんが、世界の他国の状況と比較しても日本の公的医療保険は療養費の自己負担を軽減させるための給付が手厚くされています。

 乳がんの三大治療である手術・薬物療法・放射線治療の標準治療は、保険診療で受けることができます*¹。近年、乳房の再建手術や遺伝性の乳がんの検査とその治療なども保険適用となりましたので、再発予防や治療後の生活の質の観点でも質の高い医療が身近になったといえます。ですから、日本は現在の医学において効果の見込める高額な乳がん治療を、少ない自己負担額で受けることができる国であるともいえるのです。

 加入する公的医療保険には、国民健康保険、組合健保、全国健康保険協会(協会けんぽ)、共済組合などがあります。それぞれの公的医療保険の間には給付の内容に大きな違いはありませんが、雇用される労働者が加入する医療保険制度である組合健保や協会けんぽなどには、病気やケガの療養で業務につけないときに受けられる疾病手当の給付があり、この点が医療保険の給付面における国民健康保険との違いになります。

 注意したいのは、傷病手当の給付には審査があって所定の条件を満たす必要があるという点と、業務につけない間の賃金が全額支給されるわけではないという点です。疾病手当は過去の給与支払額から算出した標準報酬日額のおおむね3分の2が支給日額とされ、業務につけなくなった日から連続する3日間の待機期間を経て4日目から支給されます。疾病手当とその他の手当は基本的に同時には受けられません。有給休暇を取得したほうがメリットがあるケースもあることも念頭に置いて検討するとよいでしょう。

 治療費の原則3割の自己負担をさらに軽減することができるしくみのひとつに高額療養費制度*²があり、どの公的医療保険の加入者も利用することができます。この制度では月間で自己負担する治療費の限度額が年齢や所得に応じて定められており、限度額を超えた部分は支払いが免除されます。限度額を決定するのに対象となる所得は、国民健康保険はその他の公的医療保険のような世帯主の最近の月収レベルではなく世帯の前年の年間所得であるという点は知っておきたいところです。対象の所得レベルが少ないほど支払限度額は少なくなるわけですから、会社員が病気の療養を機に離職する場合に世帯主の最近の標準月収レベルと比較して前年の世帯所得が大幅に少ないという場合など、国民健康保険に加入するほうが自己負担額が少なくなるケースもあり得ます。

乳がん治療費の実際と療養費試算の落とし穴

 「乳がん治療の費用は一体いくらかかるのか?」という問いの答えを難しくしているのは、乳がんは進行の仕方に個人差がある非常に複雑ながんで、がんの進行度・タイプや罹患時の年齢などによって治療法がひとりひとり違うからです。補助療法で必要となってくるものや予後にも個人差があり、それによってかかる期間やコストはそれぞれ違ってきます。再発予防のホルモン療法で5~10年という長期に渡って費用がかかることもありますし、もしも再発してしまった場合にはさらなる治療費の負担が降りかかることになってしまいます。しかし、予後の予測は難しいゆえにコストの予測も難しいところなのです。

 それから、実際に治療を受けてみてわかったことは、治療費以外にかかる費用が予想外に大きいということです。抗がん剤治療の脱毛に備えるウィッグだけでなく、治療中は全身の肌が過敏になりトラブルが増えやすくなるので低刺激で保湿力に優れた化粧品にコストがかかったり、術後の身体に合った下着が必要になったりなど、普段よりもお金がかかります。

 日本には高額療養費制度があることは前述したとおりで、世界のなかでも手厚い制度であると言えるのですが、完全に安心することはできません。というのも、実際に乳がんの治療を受けてみるとこの制度が適用される機会は思ったよりも少ないということが分かるからです。

 短期間で高額な治療費が請求される手術ではその恩恵を大きく受けることができますが、例えば、高額な薬を長期間に渡って使用し続ける抗がん剤治療では3週間に1回のサイクルで点滴投与することが多く*³、その場合は月に1~2回の投与になります。投与する薬剤の量は身長と体重をもとに求めた体表面積が大きければ大きいほど使用量も多くなりコストもかかります。患者が標準的な身長・体重の女性である場合の目安として抗がん剤注射1回あたりにかかる費用の自己負担額は3~5万円程度(3割負担の場合)と考えた場合に、毎回限度額を大きく上回って制度の恩恵を受ける所得区分はそれほどありません*²。

 ここで念頭に置いておかなければいけないのは、実際に使用するのは抗がん剤だけというわけではないということです。実際の治療では抗がん剤の辛い副作用を少しでも緩和させて治療を継続できるように、副作用の予防や必要時の対処療法でその他のさまざまな薬を使用することになります。そのなかには高額なものもありますし、副作用の出方や効果には個人差がありますから人によって必要なものも不要なものもあるわけです。

医療でも大切なサステナビリティ

 結論として、「乳がん治療の費用は一体いくらかかるのか?」という問いに対して目安はあっても答えはありません。ただ、ひとつ言えることは、その目安は“現在における医療と健康保険制度の状況で試算したもの”であるということです。日本では乳がんだけでなくがん罹患数は増えてきていますから、その治療費の自己負担分以外の部分の額は巨額になります。乳がんに効果のある新薬も次々に開発されて保険適用になってきていますが、高額なものも少なくはないのが現状です。財源は無限ではありません。もし、将来に現在の健康保険制度を維持できなくなってしまったら、個人の負担する治療費は現在の試算よりも多くなり、十分な治療を受けることができない人が増えていってしまうかもしれません。

 乳がんの治療は身体以外にも女性としての心や懐も痛めつける辛いものです。ひとりの患者としての私も、毎回の治療費の請求額に懐も心も痛めながら治療を受けています。ですが、少なくとも懐の部分では、自己負担分以外と高額療養費制度によって救われた金額の大きさを考えると本当にありがたい気持ちになります。個人が将来の罹患リスクに備えて資金の準備をしておくことはもちろんですが、治療を受ける側も提供する側もそれぞれが意識を持って制度を守っていくことも大切だと痛感しています。

*¹ 使用する薬や検査などによって、保険適用外もあります。

標準治療とは、『科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示され、ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨される治療をいいます。一方、推奨される治療という意味ではなく、一般的に広く行われている治療という意味で「標準治療」という言葉が使われることもあるので、どちらの意味で使われているか注意する必要があります。なお、医療において、「最先端の治療」が最も優れているとは限りません。最先端の治療は、開発中の試験的な治療として、その効果や副作用などを調べる臨床試験で評価され、それまでの標準治療より優れていることが証明され推奨されれば、その治療が新たな「標準治療」となります』
国立がん研究センター「がん情報サービス」
より

*² 高額療養費制度について(厚生労働省HP)
*³ 少ない量に分割して毎週点滴投与するものもあります。乳がんの治療で現在使用されている抗がん剤には、点滴注射するものと経口投与するもの(飲み薬)があります。
乳がんの初期治療で行われる主な化学療法(日本乳がん学会 ガイドライン)

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