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小林麻央さんのブログと最期の言葉はなぜ多くの反響を巻き起こしたのか?

乳がん治療中にフリーアナウンサーの小林麻央さんが綴ったブログは、なぜ多くの人に読まれ、彼女の死と最期の言葉はなぜ多くの反響をもたらしたのか。同じ病気の治療を経験したファイナンシャルプランナーが、彼女のブログを治療とお金の側面から読み解いてみて思うこととは……。

今日は小林麻央さんの命日だったのか。4年前の私は、まさか自分も同じ病気になるなんて思ってもいなかった。
死に方、死というテーマは避けられがちな日本。
今は自分は健康でがんなんかにはなりそうにないと思っている人ほど、ちょっと立ち止まって読んでみてほしい。

小林麻央さんの死に多くの反響があった理由

小林麻央さんの死に多くの反響があった理由は、34歳という若さで病死したということ以外にも、いくつかあるような気がします。そのうちのひとつは、標準治療を拒んで気功やスピリチュアルなどの民間療法を受けていたようだということでしょう。小林麻央さんの乳がんはどのタイプだったのかまでは分かりませんが、彼女がブログに自ら綴った情報によると、がん宣告を受けた時点の進行度は、転移はリンパ節のみで遠隔転移はないようです。
「告知後すぐに手術で乳腺を全摘出していれば、命は助かったのに」
という投稿をネット上にする人も見かけました。小林麻央さんは効果のない民間療法を受けていたために、抗がん剤や手術などの治療を受けるのが遅くなり、手遅れになって命を落とすことになってしまったのだと言う人もいました。しかし、実際にはそれはだれにも分かりません。乳腺を全摘出できる段階で手術を行ったとしても再発・転移する患者もいるからです。

「死の5段階」には自分を成長させるヒントがたくさん詰まっている
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宣告を受けた瞬間から見える景色は変わる

私ががん宣告を受けてから知ったのは、「人間というのは元気な内は無駄なことに多くの時間と労力をかけているものなのだな」ということです。乳がんのしこりはその前から私の胸の中に存在していたはずなのに、宣告を受けた瞬間から突然「がん患者」になります。残念なのは、病気になった弱みにつけ込むようなアプローチをしてくる組織や個人も実際に珍しくはないということです。当時、仕事で関わっていた、とある企業は、ピンクリボン運動に参加しているのに、乳がんについて知りもしないし知ろうともしない社員ばかりでした。おかげで、そういう企業の裏側を知ることができました。

日本人は、遅かれ早かれ、2分の1の確率で、人生のどこかのタイミングでなんらかのがんになるという、国立がん研究センターの統計結果もあります。死はだれにでもいずれ訪れるものであって、時間には限りがあると意識すれば、その瞬間から自分にとって優先してやるべきことはなにかを考えて行動するようになります。

本当のことのすべてはだれも話してはくれない

人の死は、病気であるかにかかわらず、
いつ訪れるか分かりません。
例えば、私が今死んだら、
人はどう思うでしょうか。
「まだ34歳の若さで、可哀想に」
「小さな子供を残して、可哀想に」
でしょうか??
私は、そんなふうには思われたくありません。
なぜなら、病気になったことが
私の人生を代表する出来事ではないからです。

『がんと闘病の小林麻央さん、BBCに寄稿 「色どり豊かな人生」』(BBC News Japan 2016/11/23)より引用

小林麻央さんがブログを始めたころにBBCに寄稿したこの記事は、「日本では一般的に、がんについて表立って話をするのは珍しい」という一文からはじまります。がんになったことは別に悪いことをしているわけでもないのに、死を連想させるものの片鱗を感じると、たちまち目を背けて遠巻きに接するのは、なんとも日本的な文化ではないでしょうか。だとすると、小林麻央さんのブログが多くの人に読まれたのは、建前でなく、本当のことを知りたいと思っている人が増えてきていることのあらわれということになるのでしょうか。

小林麻央さんが夫の海老蔵さんに「愛している」と最期に言い残したエピソードにも、さまざまな反響があったようです。

長尾 (前略)小林麻央さんだって、海老蔵さんの帰りを待って、最期に「愛してる」って言い残して亡くなったでしょう。もし病院でたくさんの点滴を受けて鎮静をかけられていたら、最期の言葉を残すこともかなわなかったはずです。医師までが「作り話だ」と……みんな平穏死を見たことがないだけ
編集担当 ネットの一部では、「死ぬ間際の人が『愛してる』なんてドラマのように言えるはずがない。こんなのは作り話だ」とまで言われて、心ない反応もありました……。

『「愛してる」と言って亡くなった小林麻央さんの最期を作り話だという医師たち 在宅死のリアル──長尾和宏医師インタビュー ♯3』(文春オンライン 2018/03/13)より引用

記事中の長尾和宏医師の発言によると、50%ほどの大病院やホスピスでは、末期がん患者などの痛みの強い患者を鎮静薬で眠らせる「鎮静」が、当たり前のように行われていて、珍しくもないことのようです。

鎮静を積極的に行うべきかどうかについては、実は緩和ケア医のあいだでも議論があります。確かに鎮静をすれば患者さんは深い眠りにつき、苦痛を感じることはありません。ですが、意識がなくなって、無理やり起こさない限りしゃべることができなくなりますし、命が縮んでしまう可能性もあります。これは倫理的に正しいことなのか、日本では犯罪とされる「安楽死」に当たらないのかどうか、慎重に考える必要のあることなんです。

『「愛してる」と言って亡くなった小林麻央さんの最期を作り話だという医師たち 在宅死のリアル──長尾和宏医師インタビュー ♯3』(文春オンライン 2018/03/13)より引用
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正しい情報を得るために必要なこと

あのとき、
もっと自分の身体を大切にすればよかった
あのとき、
もうひとつ病院に行けばよかった
あのとき、
信じなければよかった
あのとき、、、
あのとき、、、

『解放』(KOKORO.小林麻央のオフィシャルブログ 2016/9/4)より引用

小林麻央さんのブログから読み取れるのは、告知を受けた後にいくつもの病院を転院して、「素晴らしい先生との出会い」があったようだということです。

2人以上の専門の医師に意見を訊くのを当たり前のこととする文化は、米国をはじめとして海外では珍しくもありません。セカンドオピニオンが日本でも十分に機能するには、特殊な課題が立ちはだかっていそうな気もします。それらについてここで深掘りするつもりはありませんが、自分の命に関わることなのですから、自分の身体に起きていることをしっかりと知ることは大事です。

とはいっても、転院をすると精密検査の多くを転院先の病院でもやり直したりするので、何度も転院するほど時間的ロスは大きくなります。進行乳がんや成長速度の速いタイプの乳がんであれば、それが致命的になりかねません。自分の病気の治療という目的を達成するのに最適な環境かどうか、できるだけ早いタイミングで見極めることが望ましいです。

見る目を養うには「知る」ことだと私は考えています。ひとつの視点からではなく、多角的な視点からひとつのものを見ることができる能力を身につけることが近道だと思います。視点の数が多ければ多いほど理解は深まります。

株式や債券などに投資した経験のある人ならば当たり前だと思うことですが、取引市場での価値は秒単位で常に上下しています。自分が保有している資産の価値が上がって欲しいと願っている人は、自分が購入した価格が最安値だと思いたいものです。この思い込みで行動してしまうことが、命取りになりかねません。投資などのような、合理的な判断が必要な状況で失敗しないためには、感情を排除して、事実のみに注目することが基本です。3つ以上の事象が重なるのは、偶然とはいえません。3つ以上の事実の点をつないだ線が、どのベクトルを指しているのかに注目してみると、トレンド(方向性)が見えてきます。秒単位で常に変化してもおかしくはないのは、人間の感情も一緒ですから、この考え方は自分の目的に合った病院を見極めるとき以外にも、人生のさまざまな意志決定の場面で役立ちます。相手がどのような行動を取ったのかという事実の点を集めて線でつないでみると、なにを目的としている相手なのかが分かりやすくなります。自分の価値観にあった条件を箇条書きに整理して、相手の目的と照らし合わせてみるとYesなのかNoなのか自分の答えを見つけやすいでしょう。

効果のないものを高額で売る組織のなかには、有名大学の教授や医師などの肩書きを強調して、素人にはすぐにはよく分からないような専門用語を並べ立てていたりすることも多いです。消費者や患者が賢くなってNoを突きつける人が増えなければ、こういった組織はなくならないのだと思います。お金を払う前に、冷静になって考えてみてください。

  • 提供するサービスや商品の価格設定が異様に高くはないか
  • 宣伝文句が女性や障害者のためというのをやけに強調していたり、コンプレックスなどのマイナスの感情を煽るようなものではないか
  • 有名大学や医師などの肩書きを悪用していないか
  • 科学的根拠の裏付けとなる事実はあるのか
  • 主張に矛盾点はないか

小林麻央さんのブログに勇気づけられる人たち

小林麻央さんのブログは、乳がんを患っている女性に限らず、多くの人を勇気づけたといいます。

私はまだ、
病気が教えてくれた、
病気になってよかったと言えるような
境地まで辿り着いていません。
できるならば、なりたくなかった。
でも、
人の優しさに救われたり、
誰かの苦しさを心から理解できるとき、
病気の自分もまるごと愛せる瞬間があります。

『ありがとうございます』(KOKORO.小林麻央のオフィシャルブログ 2016/9/1)より引用

私の幸運のひとつは、
姉の妹に生まれたことだと思っている。
(中略)
人の不安、苦しみ、悲しみは
上も下もなく、
推し量れないと思う。
やっぱり、その人自身のものだから。
でも、それを
分かりたいと思ってくれる
分かろうとしてくれる存在は、
本当にかけがえのない愛そのもの。

『姉』(KOKORO.小林麻央のオフィシャルブログ 2016/9/5)より引用

与えられた時間を、病気の色だけに
支配されることは、やめました。
なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。
だって、人生は一度きりだから。

『がんと闘病の小林麻央さん、BBCに寄稿 「色どり豊かな人生」』(BBC News Japan 2016/11/23)より引用

光が差し込むから地に影が落ちるのか。それとも、地に落ちる影に沈む闇が深いから一筋の光が一層輝いて見えるのか――。乳がんになんてなりたくはなかったと私も思います。病気になりたい人などいなくて当然です。だけど、それでも変わらずに支えてくれる人たちがいます。優しい人の心に触れ、支えられ、また時には自分が人の支えになり、ないものに不満をもつのではなく、あるものに感謝する。人の辛さに寄り添い、思いやれる優しさが増したことで、病気になる前以上に幸福感を感じられる——今の私にはそう思えます。

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